2|すべての会社に広報が必要となった理由
2-1 これまでの広報から、戦略広報へ
社会の変化とともに、広報の位置づけが変わりました。かつてはメディア掲載を狙ってリリースを出すことが仕事だった広報は、現在では、企業の理念と活動を物語として表現し、社会からの共感を得る経営機能とみなされるようになりました。戦略広報とは、いわば「経営の言語化」を担う役割です。この活動が重要となった背景には、経営を取り巻く環境の変化があります。
従来の広報と戦略広報の比較
| 従来の広報 | 戦略広報 | |
|---|---|---|
| 目的 | ニュースリリースを配布、メディア対応 | 企業理念の浸透 |
| KPI | メディア掲載数 |
行動変容・態度変容 (離職率低下やSNSでの言及など) |
| 経営の関与 | 結果の確認のみ | 経営の主要な課題 |
2-2 戦略広報がなぜ重要なのか
戦略広報が重要になった背景には、様々な社会の変化があります。その一つは、情報化社会の進展です。
インターネット以前は、人々はマスメディアを通じて情報を得ていました。この時代には発信力は資金力によって左右されました。高額なCM料金に加え、15秒や30秒といった時間で会社を知ってもらうために、一流のクリエイターが知恵を絞って作品を生み出しました。湯水のごとく広告にお金が使われるなか、資本力で劣る中小企業は戦う術を持ちませんでした。
現代では、情報発信の主役はWEBサイトやSNSとなりました。企業はマスメディアを介さず、直接社会へ語りかけることが可能になった一方、企業内部でコンテンツを作る必要が出てきました。また個人の発信力も高まり、デジタル空間での評判が企業ブランドに大きな影響力を持つようにもなりました。そうしたなかブランドイメージを守りたい企業は、広報力を拡充して、自ら積極的に情報を発信するようになっています。広報を通じたブランディングです。
情報化社会の変化
| マスメディア中心の時代 | WEB・SNS中心の時代 | |
|---|---|---|
| 情報発信 | マスメディアを通じた発信 | 企業が社会へ直接発信 |
| 戦略 | 大量の露出 | SNSやWEBを通じた共感の獲得 |
| 目的 | 認知拡大による市場制圧 | 企業価値を社会へ広げる |
| 焦点 | クリエイティブや費用対効果 | デジタル空間での企業イメージ |
2-3 中小企業がブランド化する時代
この状況は、地方の中小企業にとって大きなチャンスとなっています。
資本力がモノを言う時代が終わり、SNSの時代では、魅力的な個性が競争力につながるようになりました。その結果、地方に本社を置く中小企業のなかから、ブランドとして認知されるケースが増えていきました。彼らが武器としているのが「物語」です。個性的なトップや綿々と築き上げてきた技術、誇り高い社員たちの姿が魅力的なコンテンツとなったのです。さらには地元に根差すことで、地域文化を「借景」として使えることも強みとなりました。
ブランドとは、企業への社会的な認識の蓄積です。中小企業は自分たちの個性を物語として発信することでポジティブな認識を積み上げ、ブランド化に成功しました。この時代の代表的なブランドは、奈良の「中川政七商店」や新潟の「スノーピーク」、軽井沢の「ヤッホーブルーイング」、愛知の「バーミキュラー」、岩手の「ヘラルボニー」、愛媛の「イケウチオーガニック」などでしょう。
ブランド化する地域の中小企業
| 社名 | 本社所在地 | 企業理念 | 共感ポイント |
|---|---|---|---|
| 中川政七商店 | 奈良県奈良市 |
日本の工芸を 元気にする! |
全国800超の工房と連携し 工芸産地の経済的自立を支援 |
| Snow Peak | 新潟県三条市 | 人生に、野遊びを。 |
ユーザーとの共創文化と 永久保証による信頼関係 |
|
ヤッホー ブルーイング |
長野県 軽井沢町 |
ビールに味を! 人生に幸せを! |
ファンイベント「超宴」で 熱狂的コミュニティを形成 |
|
Vermicular (愛知ドビー) |
愛知県 名古屋市 |
手料理と、生きよう。 |
倒産寸前の町工場から 世界最高の鋳物ホーロー鍋を開発 |
| ヘラルボニー | 岩手県盛岡市 | 異彩を、放て。 |
障害のあるアーティストと 対等な関係で福祉を変革 |
|
イケウチ オーガニック |
愛媛県今治市 |
最大限の安全と 最小限の環境負荷 |
「赤ちゃんが食べても安全」 を目指す品質と透明性 |
大手企業とマスメディアが結託し、大量の広告投資によってブランドを創る時代から、中小企業がWEBやSNSを通じて物語を発信して、共感を軸にブランドになる時代へと変わりました。
2-4 企業の社会的役割が問われる
社会も大きく変わりました。企業は利益を上げるだけでなく、企業姿勢や社会的な役割を求められるようになりました。社会的な価値を発揮できる企業は、人々からの応援を受けて事業を加速させていきます。逆に社会を味方にできない企業は、推進力を削がれることになるでしょう。
例えば、電気自動車メーカーの「テスラ」は「持続可能なエネルギーへのシフトを世界中で加速させる」と宣言し、事業をその手段と位置付けています。彼らにとって事業展開は地球環境を改善するための取り組みです。企業の理念、社会的価値、商品・サービスのすべてが一貫しているからこそ、社会はテスラに関心を持ちます。テスラのファンは、単なるスペックの比較ではなく、企業の思想やビジョンに共感して同社を選んでいます。これは、広報によって新たな価値を生んだ事例と言えます。
企業の社会的価値と本業を融合
| 企業名 | パーパス(企業理念) | パーパスに基づく取り組み |
|---|---|---|
| テスラ |
持続可能なエネルギーへの 世界の移行を加速する |
EV・蓄電池・ソーラー事業の 統合エコシステムで脱炭素を推進 |
| パタゴニア |
私たちは、 故郷である地球を救うために ビジネスを営む |
会社の所有権を環境信託に移管 売上1%を環境保全に寄付 Worn Wearで製品の修理・再利用を促進 |
| ダイキン工業 | 空気で答えを出す会社 |
集中力を高める空気 運動効率が高まる空気 野菜や果物を遠くまで運べる空気 |
|
ファースト リテイリング |
服を変え、常識を変え、 世界を変えていく |
「究極の普段着」を目指し、 デザイン・価格・品質・機能性などを追求 |
| Amazon |
地球上で最もお客様を 大切にする企業になる |
フリクション(摩擦、不都合)をなくす 洗練された顧客体験 |
2-5 現代的な組織の課題
さらに、組織の内部にも新たな課題が生まれています。
現在、新卒の採用活動は極めて難しく、また離職を止めることもできません。さらに、時代の空気が変わり、かつてのような上意下達の組織運営もできなくなりました。これまで企業は終身雇用を前提とし、生活の安定と組織への忠誠という暗黙の了解のもとに一体感を維持してきました。しかしいまは、一人ひとりが人間として尊重されることを望んでいます。個人の自由と組織の規律を両立することは、相当な矛盾をはらんでいます。強制力が働かないなかで、組織をまとめるために重要性が増したのが「企業理念」です。
組織と個人の関係性の変化
| 従来型組織 | 新しい組織 | |
|---|---|---|
| 形態 | ピラミッド型 | フラットな関係性 |
| 意思決定 | 上意下達の指示系統 | 理念への共感と対話 |
| 個人と組織 |
生活の安定と引き換えに 組織に忠誠を誓う |
理念の実現に向けて 協力する仲間 |
| 働く意味 | 出世と給与 |
仕事を通じて 人生を充実させる |
なお、ここでは企業理念を広い意味で使っています。これはビジョンでも、パーパスでも、ミッションでも、バリューでもかまいません。自立した個人が、組織の一員として誇りをもって働くための、魅力的な思想の総称とします。
2-6 企業理念を機能させるために
かつて企業理念とは、社長の誓いであり、組織統合の象徴でした。
企業理念を額に入れて飾り、一人ひとりはこれを暗唱させられました。一言一句間違えずに唱えられることが、組織の一員としての自覚を示すものとして機能しました。これは統制や規律を重視した、高度成長期の企業文化が生み出した習慣です。
いま、このようなやり方は効果を発揮できなくなりました。現代の組織では、企業理念とは、社員一人ひとりにとっての誇りであり、働く理由でなければなりません。そして大事なことは、理念の意味を一人ひとりが受け止め、日々の仕事に落とし込むことです。
一人ひとりが理念を理解し、全体への貢献に向かうには、絶え間のない対話が必要です。その土台を作るのは社内広報です。会社が今何を考えているか、どのような方法で企業理念を実現しようとしているかを常に共有することで、組織の想いと個人の想いに共通の土台が生まれます。これが実り多い対話の条件となるでしょう。
企業理念の意味
| これまでの企業理念 | これからの企業理念 | |
|---|---|---|
| 意味 | 組織統合の象徴 | 働く意味、社員の誇り |
| 活用 | 全員が丸暗記 | 仕事に意味を与える |
| 浸透 | 朝礼での一斉唱和、額に入れて飾る | 情報共有と対話 |
| 効果 | 組織への忠誠心 |
社員エンゲージメントの向上 イノベーションの促進 |