属人化を乗り越える

近年、AIエージェントという言葉がトレンド化しています。本書『AIエージェントの教科書』は、その導入のプロセスについて詳細に説明をした本です。

通常のAIと「AIエージェント」の違い

これまでの生成AI(通常のチャット型AI)は、人間が「〇〇を調べて」「〇〇を要約して」と入力したチャットに対し返事をすることが基本でした。

しかし、「AIエージェント」は大きく進化しています。最大の違いは、複数の活動を、独自の思考プロセスに基づいて「自己判断」で行い、最終的な目的まで完結できる点にあります。

例えば、お気に入りのレストランを予約したいとき。

  • 従来のチャット型AI:人間が「おすすめのレストランをリストアップして」と指示し、出力されたリストを見て、さらに「営業時間を調べて」「予約用のURLを教えて」と、一問一答の作業を何度も繰り返す必要がありました。
  • AIエージェント:人間が「〇〇のレストランを予約しておいて」と一度指示するだけで、エージェント自身が情報を探索・比較し、空席状況を確認した上で、API連携などを通じて予約完了までを一貫して代行してくれます。

「頭脳(思考)」「記憶(知識)」「手足(実行)」を併せ持ち、環境を認識して自律的に行動するソフトウェアがAIエージェントです。これは企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)における最終到達点になり得るとさえ言われています。

AIエージェントの「4つの進化段階」と、企業の現在地

『AIエージェントの教科書』によると、その進化と導入レベルには、大きく分けて以下の4つの段階(プロセス)があります。

  1. 段階1:反応型(Reactive) 特定の入力に対して、ルール通りに決まったアウトプットを返す。
  2. 段階2:支援型(Supportive) 人間の明確な指示に基づいて、特定のタスクを部分的に実行・支援する。
  3. 段階3:協働型(Collaborative) 人間との協働プロセスの中で、文脈や複雑なタスクを深く理解し、柔軟に実行する。
  4. 段階4:自律型(Autonomous) 特定の領域内(専門領域)で、自律的に目標を設定し、状況変化に適応しながら行動する。

現状では、多くの企業は「段階1(反応型)」または「段階2(支援型)」までは来ているように思います。

AIを使ってドラフトを作らせたり、データの一部分を抽出させたりといった「人間の補助作業」では、AIの普及は進んでいるでしょう。しかしAI自身が状況を判断して複雑なプロセスを自律的に回す「段階3(協働型)」や「段階4(自律型)」への移行にはいたっていません。

その理由は、最新テクノロジーのへの理解やスキルの問題ではないように思います。むしろ組織の古典的な課題が障害になっています。

立ち塞がる40年前の課題

AIエージェントを段階3〜4へと進め、機能させるための必要条件 は「属人化の解消」と「暗黙知の形式知化」です。

どれほど高性能なAI(頭脳)を用意したとしても、業務プロセスが個人の頭の中にしかなければ、AI化は進みません。その解消には、「個人の経験やノウハウ(暗黙知)」を「組織で共有可能なドキュメントやデータ(形式知)へと変換し、循環させる」ことが必要です。これはかなり長く議論されている組織の課題でもあります。その代表が、約40年前に経営学者・野中郁次郎氏によって唱えられた「知識創造理論(SECIモデル)」です。

野中氏が提唱したSECI(セキ)モデルは、以下の4つのステップのらせん状のサイクルを描いていきます。

  • S:共同化(Socialization):個人が持つ暗黙知を、他者と共に過ごすことで分かち合う。
  • E:表出化(Externalization):共有された暗黙知を、言葉や図、テキストとして表現する(形式知化)。
  • C:連結化・統合化(Combination):形式知化された多様な知識を組み合わせ、組織全体のシステムやデータとして統合する。
  • I:内面化(Internalization):統合された形式知を活用し、実践することで、新たな個人のスキルやアイデア(新たな暗黙知)として定着させる。

最新のAIエージェントのデータフローを構築し、企業の内部文書やノウハウを統合して機能させる行為は、このSECIモデルのサイクルが健全に回っていることが、大きな前提となります。しかし、これが上手くいっている企業は決して多くはないでしょう。40年以上も前に提唱され、多くの経営者がその重要性を理解する「属人化の解消」や「ノウハウの共有」が、なぜいまだに未解決のまま根強く残っているのでしょうか。

属人化の課題は、業務プロセスではなく社内政治

仕事の属人化は、企業にとってはリスクでしかありません。 AIエージェント導入の障害というだけでなく、柔軟な人事異動の制約になり、さらにその人が休職・退職した瞬間、長年培われたノウハウが永遠に会社から失われるという深刻な経営リスクをはらんでいます。

しかし、わかっていながら解消できない理由の一つには、多くの組織で属人化を業務プロセスの問題ととらえていることに原因があるように感じています。

組織の属人化の様子を観察していると、それはむしろ人間の感情が絡んだ、「社内政治の問題」ではないかと感じるケースが多々あります。「自分にしかできない、ブラックボックス化した仕事」を抱え込むことは、個人の生存戦略としては、有効な手段だからです。

「自分がいなければ、この部門は回らない」「彼が怒って辞めたら、プロジェクトが吹き飛んでしまう」。そういう状況を作り出すことは、組織内における個人の立場や交渉力を圧倒的に強くします。自らの立場を守りたい、あるいは自分の格を下げたくないと強く願う人ほど、自らのノウハウを共有(形式知化)せず、業務をブラックボックス(属人化)することの欲求を抱えます。

これは「利己的欲求」に基づいた社内政治ですが、組織に生きる人間であれば、誰もが抱えざるを得ない動機です。「マニュアルを作りましょう」「業務を可視化しましょう」というプロセス改善を呼びかけても、本心が保身なのであれば改革は進みません。

属人化が社内政治の問題だと捉えれば対応は大きく変わるでしょう。合理的な説得に意味はなく、「政治の勝負」に勝つしかないからです。

AIエージェント導入を、属人化を一掃する改革の契機に

AIエージェントを自社に導入する際、まずは簡単な定型タスクの自動化など、小さくスタートすることがセオリー(定石)とされています。しかし上記のことを考えれば、もう少し踏み込んだ改革が必要となります。

「AIエージェントの導入」という大義名分をテコにして、長年放置されてきた「社内の属人化を一掃する構造改革」に、経営陣が本気で乗り出すこと。これこそが最善の戦略です。AIエージェントという外圧は、保身のためのブラックボックスをこじ開ける絶好のチャンスです。

「データ品質(最新性、網羅性、文脈適合性など)」を揃えなければ、最新のAIは動きません。「だからすべての業務プロセスを形式知化し、データを連携させる」という全社的なルール(標準化)を断行することは、属人化を温床としていた社内政治の根拠を根こそぎ奪い去る力を持ちます。

もちろん、この改革は痛みを伴います。自分の特権が奪われることを嫌う「古いやり方に固執する人々」からの反発やサボタージュも当然あるでしょう。 しかし、その政治的な戦いをやり遂げ、暗黙知をシステムと融合させてクリエイティブな「知的創造組織」へと自己変革できる企業が、これからのAI時代に生き残り、次の次元へ進むことができるのです。

当事務所『PAPERBACK』は、このような企業の「経営の言語化」や、パーパスに紐づくインナーブランディングをご支援しています。御社の物語や価値を正しく整理し、社会や社員と共有することは、AI導入などの業務プロセスの改善にも大きく寄与します。

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