物語の持つ危険性について研究した書籍です。
物語は人々をまとめる唯一の手段
同書では物語を、人々をまとめる唯一の手段だとしています。物語は極めて強い力をもって人に影響を与えるため、もし悪用されることがあれば、破滅的な結果をもたらします。
人はずいぶんと昔から、物語を活用してきました。原初的な社会を研究すると、優れたストーリーテラーがいる部族は、生き残る可能性が格段に高かったといいます。共同体をまとめる物語の多くは、組織への忠誠を善とし、仲間と離れて生きていくことの危険を過度に表現します。さらに組織の価値観に従わない人間を悪として断罪することで、組織を結束させます。それは反作用として、他部族への不寛容を生み出します。
物語の危険性とは
人々を団結させるには、聞く人を魅了し、意識に影響を及ぼすような優れた物語が必要です。こうした物語の多くは、大変に分かりやすく作られます。現実の複雑さを無視して世界を単純化し、正義と悪の2つに色分けすることで、人々を熱狂させるのです。ナチスドイツは国民の不遇はユダヤ人に責任があるとしました。米国大統領は外国や不法移民が悪いと言い、日本の左翼は安倍元総理が悪いとしてきました。これらはみな同じ原理です。歴史のなかで正義という概念は人々の怒りを正当化するために使われてきた、と本書は言います。
科学と啓蒙主義
これらの危険性への対抗策として生まれたのが、科学と啓蒙主義です。歴史の中では、宗教的信念に基づいた絶対的な正義が妥協のない対立が生み、時には大規模な殺戮すら引き起こしてきました。これを乗り越えるためには科学に基づいた客観的な真実が有効だったのです。
SNSの発展で変わる世界
こうした試みは、ある程度の成功を収めたと言えます。差別や偏見は、かつてに比べれば確実に少なくなっているでしょう。一方で、SNSの発展が再びプリミティブな社会への逆行を進めています。部族をまとめた優れた語り部は、いまは刺激的な物語を発信するインフルエンサーに置き換わりました。情報化社会では、語られる「真実」に対して、いくらでも都合の良いエビデンスを見つけることができるため、虚実の境目は曖昧なものとなっていきます。科学もまた力を失いつつあります。
SNSを調査すると、面白い偽の情報は、つまらない真実の6倍速く広まるそうです。また感情が込められた投稿はリポストされる率が高く、なかでも「怒り」の感情は伝播するのが早いことが観測されています。
私たちもまた、こうした環境と向き合っていかなければなりません。物語をどう扱うかは、極めて現代的な課題です。物語の持つ危険な側面についても自覚的になっておいたほうが良いのかもしれません。
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