かつてソフトバンクの孫正義氏が、ブロードバンド開設にまつわる許可が下りず追い詰められた際、総務省で「ちょっと君、ライターを持ってないか。私は今から灯油を買ってきて頭からかぶるから、それで火をつけてここで死ぬ」と語り、驚いた職員が急いで規制を緩和したという逸話があります。
現代の英雄物語
こうした話が語り継がれるのは、硬直した巨大組織をたった一人で動かした英雄の物語だからでしょう。
本書「ストーリーテリングの科学」では、ストーリーの原型は、人類が部族単位で暮らしていた石器時代にさかのぼるとしています。人は、大自然のなかで単独で生きていくには弱すぎるため、必ず群れを作ってきました。群れの中では、秩序を乱すことは「悪」とされ、時には事実上の死刑宣告として追放されることもありました。
物語りの原型は、こうした部族内で語られた噂話にあります。共同体への奉仕や犠牲的精神がたたえられ、利己的な個人は忌み嫌われました。組織の輪を乱す存在としてレッテルを貼られてしまえば、おおむね悲惨な最後を迎えます。物語とは、共同体を維持するために生まれた一つの宗教のようなものでした。
利他的な行いを善と位置付ける
現代の物語でも、こうした枠組みは維持されています。家族のため、仲間のため、共同体のために自らを犠牲にすることは英雄的行為であり、利己的に生きる悪者は、やがて悲惨な最期を迎えます。ワンピースも、スターウォーズも、桃太郎もみな同じでしょう。
昨今では、企業の社会的価値が重視されるようになりました。これは、SNS社会になり、企業もまた社会の登場人物とみなされるようになったためだと考えられます。私たちが直接、何かを購入したりサービスを受けたりする対象でなくとも、そのありようには関心が集まります。相手が共同体に資する存在であるかを気にするのは、石器時代から変わらない人間の本性なのでしょう。
企業の発信する物語とは
気候変動対策をうたう「テスラ」や、障碍者福祉とアートを結び付け、ラグジュアリーブランドとして成長する「ヘラルボニー」、キャンプを通じて人間性の回復を目指す「スノーピーク」などが支持されているのは、共同体が受け入れられる物語を積極的に発信しているからにほかなりません。
当事務所では、企業の広報部門の支援を行っています。理念や日々の活動を物語として発信することで、社会からの共感を得ることが広報の目的です。企業が社会的価値を問われるようになった現在、物語を発信できる企業と、そうでない企業では大きな違いが生まれていくでしょう。
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