企業にとってビジョンや理念が決定的に重要であることは、様々なところで言及されています。その裏付けとなる理論の一つが「センスメイキング」です。
人文学的な知見を経営に活かす
これは人文学的な研究をベースにした、組織論の一つです。
哲学者のハイデガーは、物理的な事実としての「存在物」と、人間の認識する「存在」を別のものと考えました。例えば”ドーナツの穴は「存在」するか?”と問われれば、どう答えるでしょう。自然科学的に見れば「ドーナツの穴」という物質はありません。しかし私たちはドーナツの穴を知っており、思い浮かべることもできます。つまり存在とは人間の認識であり、物理的な原則とは別のものと言えます。脳の中のことであれば、他人と共有するには一定の努力が必要となります。
認識を揃えて、方向感を生む
ソニーは、かつては製造業として世界で知られていましたが、今では映画や音楽、ゲームといったソフトウエアを中心とした企業に進化しています。事業が多角化していくなかで、社内では「ソニーらしさ」についての解釈が分かれていったそうです。エンジニアにとっては「技術とものづくり」がソニーらしさですが、マーケティング部門から見れば、世の中をあっと言わせるような「革新的なアイデア」がソニーらしいものだったでしょう。
同社では、それらをまとめ「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを掲げました。「技術」「創造力」「感動」が、一貫したソニーらしさであると定義できたことで、社内がまとまったと言います。
「意味のある違い」を見つけ、腹落ちする
ソニーは、企業の歴史、自社のファクトを集め、議論を重ねて、その中心にドーナツの穴のような「意味のある違い」を見つけました。この行為が、まさにセンスメイキングです。
新たな認識が生まれる際に避けられないプロセスが、混沌と秩序の繰り返しです。本を読んだり、旅行に出たり、人々と対話したりすれば、様々な情報が脳にインプットされます。そうしたものが蓄積されると、脳内には混沌が生まれます。やがて、そこに一定の方向付けが与えられたとき、突如としてある情報と情報が結びつき、ぱっと道が開いたようにアイデアが生まれます。人はこれを「ひらめき」と感じます。
ソニーは、事業が多角化する中でソニーらしさについて問い続け、混沌の中で議論を続けることで、自分たちの持つ「意味のある違い」を発見しました。それが「技術」「創造力」「感動」という共通項です。
混沌と秩序の循環が、認識を進化させる
センスメイキングに終わりはなく、常に循環をしていきます。
情報が認知されると混沌が起こります。センスメイキングによって方向感ができると、人々は行動を起こします。行動は環境に働きかけ、また新たな認知をもたらします。認知はまた混乱をもたらすので、センスメイキングは常に循環します。
企業理念やビジョン、経営計画、ブランディングの指針などを明確にし、センスメイキングを行って企業の方向性を一つにしようという試みは、数多くの企業でなされているでしょう。こうしたものが完成し、秩序だった効率の良い組織になることが、理想的に感じるかもしれません。
しかしセンスメイキングの理論では、秩序は長続きしないようです。むしろ混沌と秩序を繰り返しながら、意味を更新していける会社が長く続いていくのです。
命を救った、間違った地図
ある有名な逸話があります。
ハンガリー軍の偵察部隊が、雪山で遭難しました。猛吹雪にみまわれる絶望的な状況のなか、偶然ポケットから地図が見つかりました。この地図は大きな希望となりました。進むべき道がわからなかった部隊に、方向性が生まれたからです。部隊は地図を頼りに助け合い、何とか生還を果たすことができました。しかし、改めてその地図を見たら、全く別の山脈のものだったそうです。
人は、方向性が見いだせないなかでは立ち往生するしかありません。そこに地図があれば、行動を起こせます。行動は新たな知識をもたらし、センスメイキングを繰り返して、進むべき道を見出すことが可能となります。極端な話かもしれませんが、最初の地図は、間違っていてもかまわないのです。
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