ヒトとAI

AIがあたかも人間のようにふるまうようになりました。特に壁打ち相手としては、極めて有益な存在となっています。しかし、こうしてAIが人間に近づいてくれば、「ヒトとは何か?」という疑問が私たちに突き付けられます。岩波新書の『ヒトとAI』は、この逆説的な問いに対して多くの示唆を与えてくれる書籍です。

AIの「正しさ」とは何か?

例えば、ある重要な契約を結ぶ際に、AIに検証を依頼したとします。AIの出した答えがおおむね妥当ではあったとしても、契約を結ぶ本人が納得していない場合、どうするのが正しいのでしょうか。AIは膨大な学習データから統計的に正しいであろう回答を提示します。しかし、そのプロセスは不明確で、また責任をとれるわけでもありません。

人は、限られた時間を生き、経験を重ねることで判断の質を高めていきます。またその判断は不可逆的であり「やったこと」と「やらなかったこと」が人生に積み重なっていきます。そして、責任の範囲は限定的で、限定的だからこそ重みをもちます。例えば資産が100万円しかない人が1000万円のギャンブルをすることは破滅的ですが、破滅的だからこそ責任に意味があるのです。

一方でAIは違います。理論的には無限に複製ができ、寿命という概念はありません。あるモデルが破産したとしても、そのパラメーターを引き継いで再生することも可能です。だからこそ、契約書の事例でいえば、あくまで印鑑を押すのは責任を引き受ける覚悟を持った人間であるべきなのでしょう。

特徴量と相関性が「正しさ」を決める

人は、少数の事例を一般化し、経験として蓄積することができます。例えば、人が犬と猫を区別できるのは、犬や猫という存在を抽象化し、一般化する能力があるからです。そのため、誰もが高い確率で見分けることができますが、なぜわかるのかを説明することは困難です。

AIの判断は真逆です。AIは世界中の犬の膨大なデータを読み込み、そこに特徴量の相関性を見出します。画像のピクセル分布などから「犬とされているもの」の特徴量を集計し、正解との相関性を見出して、数量的に犬であると判断します。この判断は学習量にともなって漸近的に精度を高めていきますが、本質的な概念理解とは異なります。

そういう意味でAIの性能向上とは基本的にはパワープレイであって、シンプルなスケーリング則(データが大きいほうが優秀)に支配されています。だからこそ、世界中のテック企業が天文学的な金額をデータセンターに投資するのです。

AIとどう向き合うべきか

AIが見つける「正しさ」とは、特徴量と相関性から導き出された統計的な正しさです。これは大いに参考にすべきものですが、一方で人間の持つ有限性、不可逆性、感情、責任の上限といった特徴に関連付けられた正しさとは、かなり違うものとなるでしょう。

こうしてみたとき、AIは人間の代替装置ではなく、拡張機能と捉えるべきものとなっていきます。人間が自らの不可逆的な責任、感覚において到達した答えを、AIによって統計的に検証するということであれば、有効な使い方といえそうです。

これからの時代には、学び、思考し、自ら価値を生み出せる人はAIの力によって大きく伸びるでしょう。逆に、考え行動する習慣がなく、教科書的な正しさしか求められない人は、AIに取って代わられるのだと思います。

AIを使いこなす、という意味は、プロンプトの技術を磨くということではありません。世の中に関心を持ち、常にこれを把握しようと努力し、自分なりのビジョンを掲げ、自らの存在価値を社会に問い続けながら、人類社会に貢献していこうとする強い意志を持ち続けることなのだと思います。

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